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語りえぬものにこそ

生き物たちが生息するフィールドには鳥類を始め、たくさんの動植物が生存している。食物連鎖というつながりの中において、生と死がそこに存在している。幼い頃から虫の世界に親しんでいた自分は、存在における根本問題の解決のヒントがこの自然の中にこそあると感じている。自然の中に溶け込むと一体化し、「大いなる」何かを感じることがある。それを自分は「自然の意志」と呼んでいる。自然は言葉を持たない。しかし、全てがそこに在る。人間という存在もそこから誕生し、その一部である。しかし、近・現代における人間は自然を「悪」と捉え、結果的に自然を破壊する傲慢な姿勢を良しとするようになった。自然から飛び出してしまった人間の世界は、絶望的なほど物質的な冷たい塊そのものになってしまったような気がする。
発展や開発、便利や幸福追求の下に現在進行形でどんどん環境を破壊し続け、自然を支配下に置いて人工化された「コンクリートジャングル」の中で生きている我々。土壌を硬いアスファルトで覆い、呼吸が出来ない状態にすれば、あっという間に気候がおかしくなることぐらい分かっていたはずなのに・・。
教育哲学においても「生きる力」という言葉が一人歩きしてしまい真の意味が分からなくなっている。「生きる力」とは、言葉では表現できないものだ。自然の意志から離れてしまい、制度をいじればいじるほど人間社会はますます自然から離れおかしくなっていく。生命は言葉の中にない。言葉は虚しい。昔の自分は、言葉を信じひたすら言葉の中の真理を追究していた。しかし、言葉は人が作り出した表現の形であり、言葉そのものが言語ゲーム化し、支配のための道具となっている。残念ながら、自分が求めていた根本的問題の解答はそこにはなかった。「生命はどこから来て、どこへ行くのか」「自分とは何者で、何のためにいまここで生きているのか」「存在しているとは何を表しているのか」等々、未だに答えが分からない根本問題が次々と自分を襲う。
「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」ウィトゲンシュタイン
この言葉は有名である。しかし、自分は沈黙しつつも、「語りえぬものにこそ問題の解答を求めて、生きていこう」と強く思うのだ。これからも・・。
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満足した年齢の重ね方

  7月下旬、今年度も4ヶ月が終わろうとしている。今年の宮城県の夏は気温が低く、昨年とは異なり冷夏である。今現在も雨が降り続いているが、6月下旬から雨ばかり続き、太陽が照ったのも指で数えるほど・・。
冷夏というと平成5年の冷夏を思い出す。あの年、夏はなかった。フィリピンのピナツボ火山の噴火の影響で上空一帯がどんよりと暗い厚雲に覆われ、梅雨が明けないまま日差しも射さずに8月が過ぎてしまった。農作物は腐りはてて高騰していった。平成最大の米不足となり、政府が急遽タイ米を輸入したのだ。
気象予報士は「来週には宮城県も梅雨明けするでしょう」と発表しているが、早く太陽の顔を見たいものだ。日本人は、いにしえから神や大自然の象徴として「太陽」を崇め神聖化してきた。太陽が見られないと精神的にも鬱になりやすい。太陽のありがたさを雨続きの梅雨空を見ながら感じるこの頃である。

老眼や乱視が進み、耳も遠くなった感がする。体力や気持ちの面でも年齢を感じてしまうことが多くなった。
ついこの間まで小学生だった息子も、今では私の身長を完全に追い抜いた。それだけ子どもが成長し、自分や妻は年齢を重ねてきたということなのだが、時が過ぎていくことに寂しさを感じてしまうのも事実だ。これから先、「老いという変化」をどう受け入れていくか、何十年、何百年と発酵させたワインのように満足した年齢の重ね方、生き方をしていきたいものだ。


追伸。7月31日(水)に宮城県もやっと梅雨明けした。梅雨明け前後から気温が高まり30℃を超す真夏日が続いている。

自分らしい花を咲かせよう

 先日、初めて息子と一緒に参議院の選挙に行った。若い頃、自分の生き方や進むべき道を決めるとき意識するしないにかかわらず(夢の中に現れた?)亡き祖父の「優しい心を忘れるなよ」という言葉を自分の生き方の方針にしてきた。息子も6月で18歳になり、選挙権を持つ「公民」の一人になった。齢を重ねれば重ねるほど時の流れが早く感じるのはなぜだろう。全ては生々流転の変化状態にある。物事を静止した状態で捉えてはいけないが、ひとつの命がこの世界に誕生し、初めて自分が親になった喜びに感動した瞬間は今も忘れない。病院のヘットで息子が生まれたあの日、小さな手を握りしめて「彼の未来に幸せがありますように」と祈ったあの日から、既に18年が経過したなんて・・。
これまで支え合い、支えられながら歩んできた私たち家族。息子は高校の部活で弓道に青春を捧げ真摯に取り組んできた。山あり谷ありの中、最後の県総体団体では自分が納得する結果(カイチュウ)を残し、チームに貢献できた息子。よく頑張ったと思う。今現在は、大好きな釣りや弓道を控えて、自分の将来について考えながら一人の人間として受験勉強にいそしんでいる。受検は弱い自分との内面的闘いでもある。考えれば考えるほど不安は強まってくるものだ。自分もそうだった。しかし、だからこそ「物事を静止した状態で捉えてはいけない。その努力を肥やしとして自分らしい花を咲かせようじゃないか。土壇場では開き直れ。きっと大丈夫だから」
親としてはそう心の中で願うだけである。
(息子が本当の自分を輝かせますように。ありがとう。ごめんなさい。許してください。愛しています)

深い言葉

  「大切なものを失ってから優しさを知り、失ってから必要性を知り、失ってから悲しみを知り、失ってから愛しさを知り、失ってから大切な人を知り、失ってから本心を知り、失ってから本当の幸せを知る!いつだって答えを知るのは後になってから・・いつだって答えを受け入れるのは大切な物を失ってから・・」

薬物依存で地獄の苦しみを味わった芸能人田代まさしさんのツイッターの言葉がとても心に残った。

ゼロに向けて

 週間モーニング連載中の「コウノドリ」という漫画に
『妻を失うことは今(現在)を失うこと。子どもを失うことは未来を失うこと』というセリフがあり、
この言葉がとても心に残った。
自分はさらに
『神(自然)を失うことは自分を失うこと』
という言葉を付け加えたい。


『日々変化する人生の模様はまるで自分ではなく、周りの要素で彩られているような感じになって途方に暮れていたのかもしれない。でも、どんな絵が目の前にあって、それを好きだろうと、嫌いだろうと、私はクリーニングすることができる。まずはそれが私の最優先の仕事だ。クリーニングすべき体験、思いをクリーニングしていくこと、その中で自分自身を取り戻していくことが私の仕事。』  
ホ・オポノポノジャーニー 本当の自分を生きる旅 平良アイリーン著より抜粋(P150)


変化について行けなかった4月から見ると、徐々にであるが自分を取り戻してきた。
ホ・オポノポノにであって本当に良かった。しかし、終わりはない。
ゼロに向けて今日までそしてこれからもクリーニングだ。

ホ・オポノポノを自分のライフワークとして深く、
且つ瞬間瞬間クリーニング。
ありがとう
ごめんなさい
許して下さい
愛しています
平和は私から始まる。